数時間後、再度アル達はライン旧城に入り込む。

 広間をぐるりと見渡し、アルは正面の扉の方へ歩き出す。

 入り口ほど大きくも堅硬でもなさそうだが重圧感はある扉。

 念のためにサラが調べてみるがすんなりと開く。短い通路を挟んで、立て続けにあった扉も同様。その扉の先は奥行きのある空間になっていた。

 作り自体は先ほどの広間と大差はないが奥へ行くほどに段が高くなっているのがわかる。そして床には朽ち果てた絨毯が奥へとまっすぐに引かれ、部屋の両脇には砕かれて汚れきった調度品が散在している。先ほどの広間よりも壁に付けられた傷跡は深い。

「元は謁見の間かしら?」

「そんなところだろう。もっとも、見る影も無いが」

 リュミスとアルが周囲を確認して結論づける。

「ぎょっくざーーー」

 そんな二人の様子をよそに、たたたーっとサラが部屋の奥へと駆けていく。

「ち。あの下等種族が…」

 オリヴィエがぼやきサラの後ろを追いかける。

 だが、サラは謁見の間を半分ほど進んだ辺りで足を止めた。

「どうしたの?」

「んー。誰かいるー」

 そう指を指した玉座には一人の人物が腰を下ろしていた。

 黒で統一されたどこか品のある服装。少しうつむいているせいで前髪が顔にかかり、容姿まではよくわからない。服装から判断すれば男だろうか?

 アル達は遠巻きに眺めてみるが身じろぎ一つしない。

 焦れたサラがもう一歩踏み込むと、男はほんの少しだけ顔を上げる。

「客人…か」

 ぼんやりとした…夢心地のような声色で男は喋る。もしかしたら眠っていたのかもしれない。

「まあ、ようこそ…我が居城へ。何も無いが、歓迎はしよう…」

 男は玉座に座ったまま、鬱陶しそうにアルヴィンス達を見渡す。

「おじちゃんだーれー?」

 さらに一歩踏み込もうとしたサラをアルが手で制する。

「今…我が居城、と言ったな? 名はヴェルフィンか」

「左様。それが…どうした?」

「そんなはずはない。"不老の"ヴェルフィンは何年も前にある冒険者によって倒されたはずだ」

「さて…そんなことも…あったのかもしれん。なかったのかも…しれん」

 ヴェルフィンと名乗った男はぼんやりと中空に視線を彷徨わせる。

 そんなヴェルフィンの様子を睨み付けているアルヴィンスの袖をリュミスが引っ張る。

「アル…ヴェルフィンって?」

「…ラインが冒険者の街と呼ばれる前、ラインの街は圧政が敷かれていた。それを敷いていたのがヴェルフィン。もっとも、何年か前に現国王エレウィンド卿に討ち取られたはずなのだがな…」

 アルはヴェルフィンから視線を外さずに小声で答える。

「だが、我は…こうしてここにある。何故であろう…」

 聞こえていたのだろう、誰にともなくヴェルフィンは呟く。

「まあ、そのような些細なことは…どうでもよい。我はここにいる、それで十分…」

 ヴェルフィンは彷徨わせていた視線をアル達に向ける。  緊張し、身構える。

「…恐れる必要はない。…苦しむ暇すらない」

 動かすことのなかった右腕をゆっくりと動かして顔を覆っていた髪を払う。そして髪で覆われていた瞳と目線があった。

 それだけで全員が息苦しさを覚え、体が硬直する。それと同時にアル達に柱が倒れこんでくる。

「わわわっ!」

「だ、だいじょうぶよサラちゃん。プロテクションが…」

「…一人にしかかけれんがな」

 サラと澄霞がわたわたとやり取りするのをヴェルフィンは微笑を浮かべて眺めている。

「僕の不幸わらうなーーーっ」

「サラちゃん、あれは嘲ってるの」

「もっと悪いーーっ!!!!」

 サラが絶叫する。

 柱が目前に迫り…ふいに、全員の体から息苦しさが消えて体が動くようになる。開放されたアル達は弾けるようにその場から飛びのく。

 少し逃げ遅れた澄霞とオリヴィエが小さな瓦礫にぶつかるがそれほど怪我はしなかった。

「我が邪眼を打ち消した…か。面白い、先が楽しみだ」

 舞い上がった埃の向こうからヴェルフィンのそんな声が響いてくる。埃が多少おさまり、視界が確保できる頃にはヴェルフィンは何処かへと消えていた。

「さっきの…本物でしょうか?」

「さあな。本物を見たことはないし、目的はヴェルフィンではない」

 澄霞の問いを流し、気持ちを切り替えて辺りを見渡せば左右の壁に扉がある。

「とりあえずは地下への道を探すぞ」

 全員が頷き、まずは左側にある扉へと歩いていく。その途中、石畳が不自然になっている箇所があった。

「すいっちー?」

 ざっと調べてサラが首を傾げる。

「作動させればわかるが…ふむ。少し下がってろ」

 アルはそういってスイッチから遠ざかり、自分より後ろに全員を下がらせる。そしてマントの下からナイフを取り出し、不自然な石畳に向けて投擲した。

 ナイフがガッと石畳に当たると石畳は少し沈み込み、その場所にめがけて天井から巨大な樽が落下してきた。

 樽はそのまま扉に向かって転がり、扉を破壊してその向こうに飛び出していった。

「扉の向こうは崖…か。昔は何かあったのだろうか…」

 アルが扉の外を確認して呟く。

「あの樽…。街まで転がっていったら危険ですよね」

「その前に壊れるよ」

「いくらなんでもね…」

 澄霞は少しずれた心配事をしていた。

 戻って、右側…つまりは見て正面の扉を開く。

 そこは元々は宝物庫だったのだろうか。いくつか箱が並んでいた。

 ただ、箱のある辺りの地面は石ではなく、違う材質で出来ているのが見てわかる。

「おー、たかーら〜」

 サラは材質の違う床に踏み出し、アルはしゃがんでその床に触れる。

「…サラ、気をつけろ」

「だいじょーぶ、大丈夫ー。って、わわーっ」

 余裕を見せすぎたせいか、警告の意味もなくサラは滑って床で頭を打つ。

「うー…いたい〜」

「ちょうどいいからそのまま箱まで滑っていけ」

「うんー」

 オリヴィエの提案に従い、倒れた体勢のまま床を滑って箱までたどり着く。

「なっにがでるかな?」

 サラが開いた箱の中には財宝が詰まっていた。

「おおー、いっぱい」

 サラは財宝を背負い袋に詰め、床を滑らせて皆の場所に送る。

「財宝…、ふーむ」

 アルが財宝を胡散臭そうに手にする。

「いいじゃない、別に」

「持って帰るだけの余裕はあるよ」

 リュミスとゼロスが手分けをして財宝を荷物袋に詰めていく。

 そのままサラは他の箱も調べてみたが痛んだ剣や鎧が見つかっただけだった。

「鎧、貰うよ」

 ゼロスがないよりはマシだと判断して鎧を着込み、部屋の中をもう一度調べてからそこを後にした。

 

 アル達は謁見の間に戻り、玉座の周辺を調べてみると後ろに階段が隠してあった。

「玉座の後ろの隠し階段…か」

「逃げ道の常套手段…よね」

「おーどうー」

 たったー、とサラが階段を駆け下りていく。残りの5人はかたまってゆっくりと階段を下りていった。

 

 地下への階段を下りると道が十字路に分かれていた。それぞれ数メートル進めば扉があり、その先の様子は分からない。

「しらみつぶしにいくしかないわね」

「じゃ、ひだりー」

 サラがダッシュで向かって左の扉に近寄り、扉を調べだす。

「とー」

 罠が何もなかったからか、サラは盛大に扉を押し開ける。蝶つがいを支点に反対側の壁に激突してけたたましい音がする。地下ということもあって音がかなり反響する。

「もう少し静かに扉は開けろ」

「はーい」

 オリヴィエに生返事を一つして、サラは部屋を覗き込む。部屋はがらんどうで、奥に箱が一つ鎮座しているだけだった。

「じゃあ、何が起きるかわからないから一人で行ってきてね?」

 リュミスが軽くサラの背中を押し、部屋の中に放り込む。それに合わせてほかの全員は通路側に下がる。

「ひどいーーー」

 文句を言いつつもサラは箱を調べにかかる。

 どうやら扉と同じように特に罠はないようで、ほとんど八つ当たりをするかのように箱の蓋を力いっぱい開ける。

 箱の中には小さな指輪が一個転がっているだけだった。

「お宝、げっとー」

 指輪を手にうきうきとサラが皆のところに戻ろうとすると扉があった場所によく分からない半透明の膜のようなものがあった。

「ねー、なにこれー?」

 触れるか触れないかの所までサラは手のひらを近づける。

「箱が開かれたら現れたわ」

 反対側からリュミスも手のひらをサラと合わせるように近づける。

 そんな様子を横目に見ながらアルが地面に転がっていた小石を膜に向けて放り投げる。小石は膜の表面でバチッと音を立てて跳ねて地面におちた。

 ずざっ、とサラは膜から離れ、リュミスも手のひらを引っ込める。

「まあ、一気に突き抜けたらそれほど痛くもないだろう」

「うっそだぁぁぁー。ぜぇったい痛いぃぃー」

 サラは壁際まで膜から離れ、ぎゃいぎゃい喚く。

「でもサラちゃん、通らないと一緒に行けないよー?」

「酷かったらヒールくらいしてやる」

「…わかったよ」

 澄霞とオリヴィエに励まされ、サラは深呼吸を一つしてほとんど全力疾走で膜を駆け抜ける。そのまま向こうまで走り去りそうなサラの体をリュミスとゼロスが受け止めた。

「うー、バチバチしてるー」

 受け止められた体勢からサラは地面にぐったりと座り込んだ。

 

「で、あったのは指輪一つ…と」

 サラの回復を待ち、持ち帰った指輪をアルが鑑定する。ちなみにサラは未だに床に座り込んでいる。

「はまっている石はトパーズ…か。地の加護が得れるがどうする?」

「今のところは必要ないんじゃない?」

「アルが持ってるといいよー、どうせ使わないしー」

「そうか」

 アルはベルトポーチに指輪を放り込む。

「じゃ、次〜」

 サラは足を振った反動で起き上がり、正面の扉に向かう。

「ま、あれだけ元気ならヒールはいらんな」

 

 反対側の扉を今度はそっとサラが押し開く。

 部屋の大きさは同じ程度、部屋の中央にはお椀を伏せたような半球体の物体があり、それを挟んだ奥の壁には鉄の輪に通された鍵が吊り下げられている。

「おー、何かありそうな鍵ー」

 サラが部屋の中に一歩踏み込むと半球体の物体の模様が動き、細い筒がサラに向けられる。

「おー?」

 首を傾げるサラに向けて細い筒から何かが飛び出すが、サラは軽く回避する。飛び出した何かはサラの後ろの壁に焦げ跡をつくる。

「ふっふー、よっゆー」

 得意げにサラは部屋の奥のほうへ歩いていく。残りの全員は部屋に入らず、通路の方に下がっている。

 半球体の物体…砲台はサラだけに照準を合わせて何度か砲撃を試みるが、掠りもしない。

「鍵、げっとー」

 悠々と奥に掛けられていた鍵を手にしてサラは戻ってきた。

 

「よくよく考えれば、神殿に間取り図くらいあったかもしれんな」

 残った1つ、階段の正面にある扉をサラが調べているうちにアルが呟き、

「それは…わかんないですね」

「時間あればそれもよかったかも」

 澄霞とゼロスが口々に言う。

「まあ、今更だな」

 アルが肩をすくめると同時にサラの手で扉が押し開かれる。

 扉の向こうは少し開けていた。人工的にこれだけのスペースを作るとなるとどれほどの労力がかかったのだろうか。そんなことをアルは考える。

 部屋の奥には頑丈そうな両開きの扉が設置さている。

 そして部屋の中心付近。そのあたりにそれはあった。

 丸太をぶった切って繋ぎ合わせ、少し太めの枝を丸太に突き刺し、枝の先に多少丸太に手を加えたものを取り付けられたような物体。それゆえ無駄に丸いフォルム。子供に工作させたとしてももう少しまともな形になるのではないだろうか?

「ふん。ウッドゴーレムか」

 オリヴィエはそれを認識すると杖を構え、魔術の詠唱を始める。

「一気にけりをつけるぞ。アル」

「そうだな。もたもたしている暇はない」

 アルも詠唱を始め、呼び出されたファーヴニルの幻影に噛み砕かれ、ウッドゴーレムはバラバラに壊れて地面に転がる。

「すごいものね、魔術って」

 ウッドゴーレムの残骸にリュミスは近づいていく。

「機械と呼ばれるゴーレム達が魔術に弱いだけだ。一長一短といったところか」

「ふぅん」

 生返事をし、リュミスはウッドゴーレムの残骸を拾い上げる。どうやら物理的に粉砕されたわけではなく繋ぎあわされているものが外れたような感じらしい。

 そんな中に赤い宝石が1つ転がっていた。それは赤く明滅していたが、しばらくするとその明滅も止まる。

「何…これ?」

 恐る恐るリュミスはその宝石を拾い上げる。

「ゴーレムの核…か? 下手をすると爆発していたかもな」

「もう安心なのよね?」

「多分な」

「じゃあ、さっさと行きましょ」

 リュミスは宝石を荷物袋に放り込み、先へと進む。

 アル達もリュミスを追いかけようとして、何か異音に気付く。

 見れば左右の壁がスライドし、その奥から1体ずつ合計2体の全身鎧が現れる。兜の奥は空っぽで、目の辺りに白い光だけが灯っている。

「今度は…アイアンゴーレムか」

 鬱陶しそうにオリヴィエが再度杖を構える。

「城に元々いたのか、それとも連れてこられたのか…」

「どっちにせよ敵と認識された」

 有無を言わさずゼロスが剣を抜き、アイアンゴーレムに斬りかかる。

 だがアイアンゴーレムは図体に似合わない機敏な動きでそれを回避する。

「オソイ」

 くぐもった片言の言葉をアイアンゴーレムが発する。

「わわー。かっこいー」

 何が気に入ったのか、サラがはしゃいでアイアンゴーレムをペタペタと触る。

「ねー、アル。これもって帰っていいー?」

 そしてとんでもないことを言い出した。

「…そいつが暴れないならな」

 アルの言葉に触発されたか、アイアンゴーレムは目の光を大きく輝かせて張り付いてるサラに拳を落とす。  事もなさげにサラは余裕を持って拳を避ける。

「ちぇー」

 頬を膨らませ、サラは剣を構えた。

「シンニュウシャ、ハイジョ、スル」

 もう1体のアイアンゴーレムは両腕を広げ、独楽のように回転しながら体当たりをしてきた。

「きゃわっ」

 回転に巻き込まれた澄霞が弾き飛ばされ、部屋の中央付近までコロコロと転がっていく。

「うざってぇっ」

 オリヴィエが回転したアイアンゴーレムに杖を向ける。

「出でよ竜王! 目の前にいるのはてめぇの餌だっ!」

 オリヴィエの声に応え、ファーヴニルの幻影が浮かび上がり、巨大な鉤爪でアイアンゴーレムをなぎ払う。けれど動きを停止させるほどの威力はなかったのか、大きく揺らぎはしたものの目の光は失われてはいない。

「大地の飛礫よ、穿て」

 アルはサラの目の前にいる方に向かって瓦礫の弾を撃ち放つ。ゴーレムは避けれず、バランスを崩して地面に膝をつく。

「…モクヒョウホソク」

 ゴーレムはその体勢のまま、アルに目を向ける。その目の光が一瞬大きくなったかと思うとアルに向けてレーザーが発射された。アルは咄嗟に身をよじるがレーザーは逸れることなくアルを捉える。

 だが、直撃する直前に不可視の盾がアルの前に展開されて音もなく砕け落ちる。レーザーは不可視の盾でその威力のほとんどを殺され、アルの肌を少し焼く程度にとどまった。

「アル、無事か?」

 不可視の盾…プロテクションを展開したオリヴィエがアルの身を案じる。

「ああ、助かった」

 焼かれた場所を軽く押さえながらアルはアイアンゴーレムを睨む。

「システム、ヲレイキャク」

 レーザーを放ったゴーレムは鎧の隙間を少し広げ、ぷしゅーと放熱する。

 その放熱時に広げられた鎧の隙間、そこにゼロスが剣を叩きつける。

「アアァァァッッ」

 言葉にならない咆哮と共に、ゼロスの剣がアイアンゴーレムの胴部を横に引き裂く。

 さすがに致命傷なのかアイアンゴーレムは目の光を失い、動かなくなった。

「ア…アハハハハハッ!!」

 ゼロスは狂ったように高笑いを上げ、動かなくなったアイアンゴーレムを蹴り倒す。

「出ちゃったわね…ゼロスのアレ」

 はあ、とリュミスがため息をつく。

「もうほとんど、びょ〜き〜」

 巻き添えを食らわないようにサラはリュミスの近くまで避難する。

 ゼロスは獣じみた動きで続けざまにもう1体のアイアンゴーレムに飛びかかり、剣を叩きつける。

 だが、さすがに今度は鎧に阻まれて深く傷をつけたまでにとどまった。

「とどめだ」

 そして再度オリヴィエに呼び出されたファーヴニルの一撃でアイアンゴーレムは鉄くずに成り果てた。

 

「いろいろ見つかった〜。幸せ〜」

 アイアンゴーレムの残骸を漁っていたサラが笑顔で戻ってきた。その様子をMPポーション片手に眺めているアルの表情は芳しくない。

「何渋い顔してるんですか? はっ、まさかポーションが美味しくなかったとかっ」

「いや…運がいいことがあると不安になってな。考えすぎだとは思うが…」

 澄霞の言葉の後半部分を完膚無きに無視してアルは眉間を押さえながら頭を振る。

「考えすぎですよー、単純にサラちゃんが強運なだけですってー」

「だといいな。…さて、準備は大丈夫か?」

 アルは空になったポーション瓶を荷物袋に放り込み全員を軽く見渡す。

 どこかへ逝ってしまったような瞳をしているゼロス以外は準備を終えて軽く頷く。

 それを確認をして、アルは部屋の奥にある頑丈そうな扉の鍵を開け、押し開く。

 扉は少し重かったが変な抵抗もなしにすんなりと開いた。

 扉の向こうは地下にしてはかなり広く、天井も高く作られていた。

 しかし、その中に調度品や物はほとんどない。あるのは左右の壁の蝋燭台と正面の台座くらいだろう。

 周りより数段高い位置に設置された台座はその装飾を壊され、上に安置されていたであろうなにかも存在しない。

 その台座の奥の壁に目をやれば大きな穴が開いており、そこから外の様子を見下ろすことができた。

「爆発音でできた穴はあれかしらね」

「ご名答」

 リュミスが口にした言葉に対して、知らない誰かの言葉が返ってきた。

 声のした方向を見れば、台座の近くに男が立っていた。

「ちょいと遅かったな。すでにディガー様は次の目的地へ向かった後だ」

 オーバーアクション気味に男は肩をすくめる。

「ディガー、というのが首謀者の名前か?」

 アルの問いかけに男は目を見開き、肩を震わせて笑い出す。

「くっははははっ! まぁ、これから死に行くものに伝えてやる必要なんてねーのさ」

 男は左右の腕に一本ずつカタールを手にする。

「ったく、そもそも俺がこんな聞いたこともないようなギルド相手にしなきゃなんねーんだぜ。まったく面倒くせー。ちっとは楽しませてくれよ?」

 へらへらと緩めていた口元を引き締め、男は腕を十字に構える。

 アル達が構えるのとほぼ同時に男は一足飛びに間合いを詰め、アル達の間を縫うように入り口のほうに抜ける。

「舞踏…幻夢」

 男の台詞と同時にアル、オリヴィエ、ゼロス、澄霞が血を流し、膝をつく。

「やるわね…。大口を叩くだけのことはあるかしら」

 紙一重で避けたリュミスの髪が何本が宙に舞い、リュミスの影からサラが男に切りかかる。

「あっぶないじゃ…ないかー!」

 激昂したサラが振った剣はたやすく避けられ、続けざまに切りかかったリュミスの剣も手にしたカタールで止められる。

「はん、命のやり取りだぜ? 嫌ならこんなことに首突っ込むんじゃね…おぐぁっ」

 余裕を見せていた男の頭に瓦礫が飛来して体勢を崩す。

「…ふん」

「この…っ。喋ってる途中だろが!」

 鼻で笑うアルに男が激昂する。

「命のやり取り、だろう? よそ見してていいのか?」

 アルの言葉と同時にゼロスが男に剣を突き下ろす。

 男は身を捻じって剣を避ける。そのまま剣は石畳を叩き、欠けた破片が飛び散る。

「ちっ。うぜぇんだよ…てめぇ!」

 体勢を立て直した男は左右のカタールでゼロスとアルに切りかかる。若干間合いの外れていたゼロスはかすり傷程度で済むが、アルは腕を深々と切り裂かれる。

「リーダーっ。このー」

 サラの一撃はカタールで易々と止められ、アルに駆け寄ろうとしたリュミスも同時に牽制されて近寄ることもままならない。

「なんつーか、経験が足らねぇな!」

 サラを弾き飛ばし、反対のカタールで斬りかかろうとしたところにオリヴィエの魔術が割り込む。

「いい加減貴様のお喋りはうんざりだ、失せろ」

 言葉と共に現れた竜の幻影は獲物を食いちぎり、澄霞はアルの方に駆け出す。

 そして竜の幻影に重なるようにゼロスが男に剣を叩きつける。

「…コロス」

 瞳に暗い何かを宿したゼロスの一撃は鎧を砕き、男は衝撃に押されて地面をかなりの距離転がる。

「アルさん、大丈夫ですか?」

 ようやくアルに駆け寄った澄霞が傷を癒す。

「さすがにあれじゃ戦闘不能でしょうね…」

 邪魔がいなくなってアルの傍に近寄れたリュミスが男に視線を向けるとゆっくりと男は身を起こしていた。

「ぐ…っ。まだ…まだだっ!」

 腹部の傷を手で押さえ、おぼつかない足取りで男はアル達にゆっくりと向かってくる。

「…どうして、ああなってまで戦おうとするんでしょう」

 呟く澄霞をアルが後ろに押しのける。

「ああいう輩に同情は不要だ、澄霞」

 アルが腕を振るうと辺りの瓦礫が男を容赦なく打ちすえる。

 もんどりうって倒れ、それでも起き上がろうとしたところをゼロスが頭を踏み潰し、そのまま動かなくなる。

「ゼロスさん、もういいんです」

 さらに追撃を入れようとしたゼロスを澄霞が止め、ようやくゼロスは攻撃をやめる。

「ん…ああ」

 ゼロスは刃の潰れた剣を鞘に収めて緊張を解く。

「さすがにもう助からんか」

 男の状態を確かめたアルが呟く。かろうじて生きてはいるものの、もう時間の問題だろう。

「いーもの持ってる〜」

 そんな男の腰に納められていた短剣をサラが掠め取る。

「アル、慈悲をくれてやろう」

「…ああ」

 男の横に膝をついていたアルが離れるとオリヴィエが借り受けたダガーで心臓を突き殺した。

「とりあえず、町に戻りましょ。もうくたくた」

「まったくだ…」

 リュミスの言葉にオリヴィエが同意し、男の死体をその場に残して部屋を後にした。