旧城での戦いがあった次の日。アル達は神官兵によって神殿へと連行されていた。

「ねー、僕達がなにしたってのさー」

 文句を言い続けているサラを完璧に無視して神官兵は神殿の奥のほうへとアル達を連れて行く。

 両手首を縄で縛られて数珠繋ぎで連れて行かれるアル達の中でオリヴィエとゼロスは数箇所に痣を作っている。最初に抵抗したために取り押さえられたときに作られたものだ。そのためか、特にオリヴィエは素直に従いながらも神官兵を見る眼はかなりきつい。

 ややあって頑丈そうな扉の前で神官兵は止まり、扉を2度叩く。しばらく待って神官兵は扉を引いて開けると、アル達に部屋の中へ入るように促す。

 部屋は扉の割には小さく思えた。おそらくは部屋の両端に棚が並べられているためにそう感じてしまうのだろう。棚自体の奥行きは分からないがそれほど薄いものでもなさそうだ。正面にある窓からは街の様子が小さく見える。眺め自体は悪くない。

 その窓との間、両開きの扉よりも幅の広い長机に1人のエルダナーンがいた。銀の髪に青の瞳、やや動きにくそうな格式ばった服に身を包み、首から聖印を下げている。そのエルダナーンを見てアルは瞳を細め、澄霞は息を呑む。

「センブリギルド6名、連行してまいりました」

 先頭を歩いていた神官兵が姿勢を正し、直立不動で部屋にいたエルダナーンの男に報告する。それに反応してエルダナーンの男は机に積まれている大量の紙から視線を上げて神官兵を見る。

「ご苦労さま。しかし何故彼らが犯罪者のように縄で縛られているのか、説明をしてほしいね?」

 言いつつエルダナーンの男は机に肘をつき、神官兵を睨むように瞳を細める。

「…は? いえ…その…」

 神官兵の言葉はだんだん小さくなり、居心地が悪そうにエルダナーンの男から視線を逸らし、床を見だす。エルダナーンの男は微動だにせずに神官兵の言葉を待つ。

「その…じ、自分はディオン隊長の言うとおりにしただけであります」

「そうですか…。彼らの縄を解いてあげなさい。この件に関しては追って沙汰します」

 神官兵は眼に見えて落ち込み、アル達の縄を解くとすぐに部屋を出て頭を下げ、

「失礼しました…」

 と小さく言ってから重い足取りで扉の前から姿を消した。その様子を見て多少は気が晴れたのかオリヴィエは侮蔑するように小さく笑う。

 アル達は縄で縛られていた手首をさすりながらエルダナーンの男に視線を戻した。

「ああ、すみません。どうやら勘違いをしてしまったようです。どうか気を悪くしないでいただきたい」

 そういってエルダナーンの男はほんの少し頭を下げる。

「私の名はランディア。このライン神殿の神官長を勤めている者です」

 ランディアの自己紹介を聞いてサラだけが首を傾げる。

「しんかんちょー? 偉いひとー?」

「この神殿で一番偉い人ですよ、サラちゃん」

「おー」

 興味がわいたのか、ランディアの方に行こうとするサラの腕をリュミスが掴んで止める。

「面倒なことを話すと思うから黙っててもらえる? サラ」

「りょーかい、リュミ姉」

 こくりと頷いて、サラは喋るのをやめて、との場に止まる。

「それで、いちいち連れてきた意味はなんなんだ?」

 連行されてきた時からすれば幾分機嫌を直したオリヴィエが壁に寄りかかって問いかける。

「先の依頼のことで少々聞きたいことがありましたので。本来はこちらから出向くものなのでしょうが、なにぶん立場上の問題もありまして」

 言ってランディアはため息をつく。

「ま、神官長ともなればいろいろとしがらみもあるわね」

 リュミスの言葉にランディアは頷き、アル達を見据えて喋りだす。

「理解いただけると助かります。それで聞きたいことというのは『漆黒の旅団』の動きの意図と、ライン旧城で何を見たのかということです。どうやらあなた方が渦中にいたと判断されたのでお越しいただいたのですが…」

 そこでいったん言葉を切り、しばらくの間部屋には沈黙が下りる。それをやぶったのはアルの小さなため息で、それに続けてアルはランディアの言葉を肯定する。

「…事の全てではないが、確かにいくつかには巻き込まれた」

 アルの言葉にランディアはほんの少しだけ眉を下げる。

「そうだな…『漆黒の旅団』の動きの意図はわかりかねる。街の遺跡で情報収集をしていたのか、それらの行為はただの撹乱だったのか…ともかく奴らが情報の確信を得たのは街に昔からある図書館の蔵書からのようだった。詳しいことはあそこの館長にでも聞けばいい」

 アルの返答にとりあえずは満足したのかランディアは頷く。

「ふむ、ではライン旧城では?」

 もう1つの方の質問の返答を聞こうとしたランディアをアルが制する。

「その前に質問があるのだが、構わないか?」

「…ええ、答えられる範囲ならば」

 ランディアは若干眉をしかめながらもアルの質問を許可する。

「ライン旧城に地下があったことは知っていたのか?」

「…一応は。過去にかの"不老の"ヴェルフィンを倒したときに」

 その時のことを細かく話す気はないのか、ランディアは短く答える。

「その奥の扉については?」

「開かずの間、とされていました。あの先にあるものを私たちは知らなかった」

 そのままアルとランディアは視線を合わせたまましばらくの間黙る。先に口を開いたのはやはりアルだった。

「そうか…。しかし俺達もあった物が何なのかまではわからない。祭壇と思われるもの以外はすでに持ち出された後だったからな」

 机の上に肘をつき、指を組んだ上に顎を乗せて話を聞いていたランディアが顔を上げる。

「…嘘を言っているようには見えませんね」

「ライン神官長に嘘をつくメリットはないな」

 ランディアの射抜くような視線に対してアルは肩を竦めてみせる。

「…まあ、いいでしょう。こちらが聞きたかったことは以上です」

「『漆黒の旅団』に関して情報はないの?」

 『漆黒の旅団』に対して少し興味があるのか、リュミスが尋ねる。

「拠点がわかれば多少なりとも情報はでるのですが、現在調査中ということになります」

 だがランディアもまだ情報は得ていないらしく、首を横に振る。

「ディガーという名は聞かないか?」

「…いえ。その名に関してはこちらで調べておきましょう」

 言葉が途切れ、ランディアは軽くアル達を見渡す。

「では話は終わりにしましょう。こちらから呼んでおいて悪いのですが、あまり長い時間はさけないのです。依頼の報酬はフィリスから受け取ってください」

 ランディアの言葉にアルが頷き、部屋を出る。それにあわせて他の皆も部屋を後にした。

 

「もー、あそこ息苦しくてやだー」

 神殿を後にするなり、サラが大きく伸びをしながらぼやく。

「同感」

 珍しくサラにゼロスが同意する。

 そのまま『憩いの羊亭』へ歩みを進め、しばらくしてからリュミスがアルに並んで声をかける。

「どうして城で出会ったヴェルフィンのことを黙っていたの?」

 歩く速度を変えずにアルはリュミスに視線だけを向ける。

「…あれが本当にヴェルフィンだったという確証がなかったからな。余計な噂は流れない方がいい」

「確証って…じゃああれは何だったって言うの?」

「可能性としては幻術を利用した罠だろうな。それにしてはもっと効果的な手段もあったとは思うのだが…」

 口元に手を当ててアルは考え込む。

「…まあ、何にせよ確証を得られないうえに関係のないことは言わなくていいと判断しただけだ」

 考えを払拭するかのようにほんの少しだけ頭を振り、アルはそう言葉を続けた。

「そ。アルがそう決めたのならいいわ」

 リュミスはそう言い残して歩く速度を少し速めて先行していく。それを追うようにサラも小走りで先に行った。

 逆にアルは歩みを遅め、考えを巡らせているようだったが、やがてそれもやめて普段どおりに歩き出す。そんなアルの肩をオリヴィエが叩く。

「考え込むんじゃねえぞ? たまには…どうだ?」

 そう言ってオリヴィエはジョッキを傾ける仕草をする。

「…ま、たまにはいいか」

 アルは体から力を少し抜いてオリヴィエに頷きを返した。